とうふ坊のふじみ野店のお勧め

鴨肉とその脂身を叩いて鶏の挽き肉と合わせた団子と、軟らかくて太い根深の白ねぎ、それらを鴨の旨味を含んだ甘汁で食べるひとときは、まさに冬の蕎麦屋ならではの至福のときといっても過言ではない。並木の藪が江戸の下町風情を感じさせる店だとすれば、永田町のうなぎ屋『Y屋』は、山手のお屋敷町の風情が残る店ということになるだろうか。
この店は、都立日比谷高校の裏手、日枝神社の境内にある。元は関東大震災の前年に建てられた老舗で、門をくぐり、ゆったりとした庭を見ながら少し歩いたところに玄関がある。
都心とは思えない静かな店内で、戦前から伝わるタレで焼いたうなぎを食べる。まことに贅沢の極みといえる。
ここで紹介した2つの店は、いずれ劣らぬ名店だが、こうした店が、ある日突然、新しいビルに変身してしまうなんて事が起こるのも、いまどきの東京である。ぜひ永く、このままであってほしいものだ。
そして、これらの店構えを建て替えた途端、味が落ちてしまう店が多いことである。まるで、それまでずっと住み着いていた。
美味しい虫が、途端に。金食い虫に駆逐されてしまったかのよう。
味まで変わってしまう。同じ料理人でも、経済事情が変わると、性格まで変わってしまうのだろうか。
まあ、環境が変われば、料理の味が変わるのも当然なのはすでに述べたとおりである。しかし、以前から店構えに練れた雰囲気が、2代3代とつづいているような店でも、現在の主人に「いま、ここで作る料理に責任を持つのは、先祖ではなく自分である」、つまり「食は1代」という気概がないと、伝統も練れた店構えも、ただの飾りになってしまう。

そして実際は、こうした伝統や店構えに寄りかかっている料理人のほうが圧倒的に多い。そして、「食は1代」ということがわかっていない料理人に限って金看板に甘んじて、古い店を新しいビルに建て替え、金食い虫に蝕まれて、いよいよ味を落としていく。
店構えに求められるのは、伝統や日本家屋風の渋さだけではない。やはり「旨いものを出すぞ」という顔をしているかどうかなのだ。
東京の西麻布といえば、東京でもひときわレストランの密集地帯だが、そのなかでも際立って豪華な威容の『T』というフレンチレストランがある。フレンチなのに、なぜ英国風の店名なのかといえば、この店のオーナーであるYさんが、18世紀から18世紀後半にかけてのイギリスの典型的な建築であるショーシアン様式に惚れ込んでいるからにほかならない。
彼は、イギリス人の設計家にショーシアン様式の線を引かせ、細部にわたるまで施工を指揮させたという。そして、内装から照明、さらには食器からカトラリー(ナイフ、フォーク、スプーンなどの銀食器)にいたるまで、ひとつの様式にこだわった。
この理想のレストランをつくりたいというオーナーの思いは、料理人の選択はもちろん、お客を迎えるサービスにもよく表れている。まさしく「旨いものを出すぞ」という顔をしたレストランなのである。

「旨いものを出すぞ」という店は、どんな顔をしているのか、もう少し具体的な話をしよう。わかりやすいのは照明である。
入り口、カウンター、テーブル席、座敷と、旨いものを出す店は、どこにいても客が落ち着けて、食べ物が美味しく見えるような照明になっている。明るすぎては落ち着かないし、暗すぎて料理の色がわからないというのも困る。
また蛍光灯のような冷たい感じの明かりは、食べ物屋には向かない。せっかくの料理がまずそうに見えてしまう。
もっと温かみのある照明を選んでいるかどうか、その一点をとってみても、料理への気配りがあるか、旨いものを出す店かどうかがわかる。照明のことをちゃんと計算している店の主人は、たいてい塩梅がいいものだが、これはけっして偶然ではない。
恵比寿に『T』というフレンチレストランがある。この店ができた頃、Rに招待されてオープニング・パーティに参加した時、なぜか照明が気になった。
この建物は、フランスのシャトーを移設して、そっくりそのまま再現したものであるが、メイン・ダイニングが倉庫の中にあるようで落ち着かない。はてと思い、ぜひテーブルの上にロウソクをおくように、サービス担当の責任者に話した。
しばらくして、彼が台を持ってきたのだが、それから店内の雰囲気は見違えるようになったのである。たとえば赤坂に『楽亭』という天ぷら屋がある。
旬にこだわった素材選び、一つ一つの素材を丁寧に揚げる技術、カツオの効いた天つゆ、美味しいご飯と漬物……と、江戸前の天ぷらを食べさせてくれる。この店はなにより、しつらえが良い。
店内は10席ほどのカウンターのみで、程よい照明が心地よい。この、洗練された。

和の空間は、天ぷらを静かに味わうには最高の状態といってよく、静かな物腰の主人が自然にその空間に溶け込んでいる。そして、こうした店は、照明だけでなく、すべてが「旨い天ぷらを食べさせる」という目的のために配置されている。
結局のところ、照明も蛍光灯ではなく、「旨いものを出すぞ」という顔の一部である以上、白熱灯を使ってほしい。さらに、掃除が行き届いているかどうか、調度品の趣味はどうか、グリーンの置き方は、など、旨い店の顔には色々な面があるが、そのすべてに主人の顔となる。
店のすべてが主人と一体化して、その店ならではの雰囲気をかもし出している、そういう店なら、まず間違いがない。店構えと並んで、その店の料理をおいしく感じさせるものといえば、サービスである。
案内係のちょっとした心遣いや料理人のさりげない一言で、料理は旨くもまずくもなる。


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